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だらだらと色々書いていこうと。ブログです

共感について

ここ数ヶ月、自分自身について色々と考えていました。 数々の課題や問題が浮かびました。その中での一番の問題ー自分自身の根幹に関わるーに直面しました。それは、自分が他の人よりも共感性があまりにも高すぎるということです。

共感をwikipediaで調べたところ、"他者と喜怒哀楽の感情を共有することを指す。もしくはその感情のこと。"とのことです。共感は人間が生きていくうえで大切なものだと僕は思います。他の人がアニメで同じ場面で笑ったりするとなんだか嬉しさを感じたりします。ただし、共感性も高すぎると色々な問題がでてきます。

具体的に言うと、たまたま祖母がつけていたテレビで、スケートの羽生結弦選手が練習中に他の選手とぶつかったところを見たのですが、その時、ぶつかった衝撃と硬い氷のリンクにぶつかった衝撃で、血が頭から流れ落ち、少し痙攣していて、目もどこか焦点があっていない。そして、なかなか立ち上がることができない。その姿を見て、僕は心臓がドキドキして、昔に、交通事故にあって、感覚した痛みを思い出し、堪らない気持ちになったのです。

この出来事が、「これはちょっと変だぞ。ちょっとどころではない。異常だ」と感じたきっかけでもあります。

昔、僕がカウンセラーになりたくて、大学の心理学系の学科に通っていた時に、ゼミの飲み会の帰りに、先生と乗る電車が一緒で二人きりになった時に、先生が「あなたは、カウンセラーに向いていない。」と言われました。その時は、正直ムカつきました。でも、今では先生が言った言葉の意味がわかりました。おそらく、僕がカウンセラーになったとしても、相談者の悩みに共感しすぎて、その悩みや苦しみに飲み込まれ、僕自身が壊れてしまうと心配してくれたのだと思います。

そのことに気付いた現在、僕は共感のコントロールを上手く調整しようと心掛けています。イメージとしては、音楽プレーヤーのボリュームのつまみを回しす感じです。共感したいと感じたら大の方につまみを回し、ちょっと無理だと感じたら小さい方につまみを回す。そんな感じです。

長々と書いてしまいました。読んで頂きありがとうございました。

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